病院の幕引きが「6月1日」でなければならなかった理由
〜カレンダーとボーナスに隠された、切実な「大人の事情」〜
2026年6月1日。 群馬県沼田市にある国立病院機構沼田病院が、その長い歴史に幕を閉じます。
ニュースを聞いて、多くの人がこう思ったはずです。「なぜ年度末の3月31日じゃないの?」と。学校や会社の区切りと同じように、3月末でスッキリ終わらせたほうが、事務手続きも楽そうです。しかし、この「6月1日」という日付には、現場で働く職員たちの生活を守り、地域の医療を次へとつなぐための、非常に現実的で切実な理由が隠されています。
今回は、その謎を「ボーナス」と「引越し期間」、そして「職員と跡地」という視点から紐解いていきましょう。
1. 「6月1日」はボーナスの魔法の日
国立病院機構のルールブック(給与規程)を開くと、驚くほど明確な答えが見つかります。ボーナスの「基礎的支給部分」や「業績反映部分」を受け取るための絶対条件は、「6月1日に在職していること」なのです。
もし、病院が世間のイメージ通りに3月31日で廃止されていたらどうなっていたでしょうか。 機構内の別の病院へ異動する職員以外の、地域の病院などへ転職する職員は、新しい職場で「ゼロ」からのスタートになります。
しかし、あえて「6月1日」を廃止日に設定することで、たとえ機構外へ転職する人であっても、6月1日まで「沼田病院の職員」として籍を置くことができます。これにより、職員たちは満額の夏のボーナスを手にする権利を確定させ、経済的な不安なく次のステップへ踏み出せるようになります。これは、長年地域医療に尽くしてきた職員たちへの、国立病院機構としての「最後の手向け」と言えるかもしれません。
2. 「3月診療終了」からの、丁寧な「引越し期間」
さらに、スケジュールをよく見ると、実際の診療は3月末でほぼ終わっています。4月と5月は、いわば「後片付け」の期間です。 通院していた患者さんの紹介状を書いたリ、膨大なカルテを整理したり、医療機器を搬出したり……。病院を一つ畳むというのは、巨大な街を一つ動かすような大仕事です。
この2ヶ月間を確保することで、職員は「患者さんのケア」と「病院の整理」を切り分けて、スムーズに次の職場へと移る準備ができます。また、この期間は「相談窓口」として機能し、診療報酬は発生しなくても、行き場に困った患者さんの相談に乗る場所として病院を開けておく。これは、地域医療の「空白」を作らないための、国立病院としてのプライドでもあります。
3. 140人の職員と、跡地の「その後」
病院が消えても、そこで働いていた人々の人生や、その場所の役割が消えるわけではありません。
約140人の職員のうち、希望する者は機構内の他病院へ異動し、そのキャリアを継続できます。一方で、「住み慣れた利根沼田地域で働き続けたい」と願う職員に対しては、地元の医療機関への転職説明会を開催するなど、組織・地域を挙げた手厚い支援が約束されています。
そして気になるのが、病院が去った後の「跡地」についてです。 機構側は、この跡地を「医療機関への売却」を軸に検討すると発表しました。つまり、国立病院としての看板は下ろしても、その場所が再び「地域の人々の健康を守る拠点」として生まれ変わる道筋を残そうとしているのです。たとえ運営主体が変わったとしても、そこが医療の場であり続けること。それが、この地で長年医療を提供し続けてきた国立病院機構としての、最後の責任の取り方なのかもしれません。
結びに代えて
「6月1日廃止」というニュースの裏側には、単なる経営判断だけでなく、働く人々の生活、そして彼らが愛した地域住民への、精一杯の「優しさ」と「現実的な配慮」が込められていました。
2026年の初夏。沼田病院が静かにその役割を終えるとき、職員たちは夏のボーナスを胸に、また新しい場所で誰かの命を守り始めるはずです。そのバトンタッチを完璧にするための、特別なカレンダー。それが「6月1日」の真実なのです。