国際湿地保全交流プログラム「2025尾瀬Summer Camp」の活動と成果に関する考察

要旨

本稿は、2025年7月に群馬県立尾瀬高等学校と中国・上海市の東灘高級中学との間で実施された学生交流プログラム「2025尾瀬Summer Camp」の活動内容と教育的成果について考察するものである。両校は、ラムサール条約の登録地をそれぞれ有するという共通点を背景に交流を継続してきた。本研究では、初の対面交流となった3日間の活動を事例研究として分析し、国際的な環境保全意識の共有、異文化間コミュニケーション、および協働学習の重要性を明らかにする。その結果、参加生徒たちは言語の壁を乗り越え、共通の目標を持つことで深い友情を育み、グローバルな課題解決への意欲を高めたことが示唆された。

1. 緒言

国際社会が直面する環境問題の解決には、次世代を担う若者たちの国際的な協調と意識醸成が不可欠である。特に、生態系保全における湿地の役割は重要であり、その保全を目的としたラムサール条約は国際的な協力の枠組みを提供している。

本研究で取り上げる「2025尾瀬Summer Camp」は、ラムサール条約登録地という共通点を持つ日中の高校生が、実際に現地で交流する機会として企画された。本プログラムは、単なる文化交流にとどまらず、湿地保全という共通のテーマを通じて、参加生徒の国際的視野と環境保全意識の醸成を目的としたものである。

この交流の始まりは、2022年8月26日に上海市と群馬県の間で開催された「生態系保護交流会議」に遡る。この会議は、両地域がそれぞれ有するラムサール条約湿地である上海市の崇明島と尾瀬国立公園の環境保全への取り組みについて、相互理解を深める目的で行われた。会議では、それぞれの地域の紹介動画の上映や、環境保全に関するプレゼンテーションと質疑応答が行われ、積極的な意見交換が交わされた。この会議は、生態・環境保全の意識向上を図るとともに、将来に向けた保全と発展の両立を考える良いきっかけとなり、その後の交流事業の礎となった。

続いて、2022年12月7日には群馬県の関係者が上海市崇明区にある上海市実験学校東灘高級中学を視察した。東灘高級中学は、上海市が指定する教育重点校であり、必修科目に加えて、文学・芸術、スポーツ、伝統文化など多様な選択科目を設けている。この視察では、同校のカリキュラムや、復旦大学などと連携した課題指導への取り組みについて意見交換が行われるとともに、群馬県内の高等学校との交流事業についても話し合われ、今後の交流の土台が築かれた。

こうした事前準備を経て、2023年3月22日には群馬県が推進する中国上海市との友好交流の一環として、第1回目のオンライン交流が実施された。この交流には、尾瀬高校と同様に環境教育に力を入れている上海実験学校東灘高級中学の生徒が参加した。この交流では、英語を使用して、群馬県と上海市の紹介や、民族楽器演奏、踊り、上毛かるたといった文化紹介が中心に行われた。

さらに、2024年3月13日には第2回目のオンライン交流が実施された。この回では、両校の生徒たちがそれぞれ環境保全をテーマとしたプレゼンテーションを英語で行い、お互いの発表に熱心に耳を傾け、活発な質疑応答を交わした。尾瀬高校の生徒は「日本のシカが引き起こす問題」や「尾瀬の野生生物」について、東灘高校の生徒は「崇明島東灘の湿地と鳥」や「炭素会計」について発表した。この交流の講評において、東灘高校の袁校長先生は「今後は相互訪問を実施して、お互いの環境保全の取り組みなどについて理解をさらに深めましょう」と述べた。

続いて、2024年3月23日から26日にかけては群馬県訪問団が上海を訪れ、崇明島東灘湿地や上海実験学校東灘高級中学を視察した。この視察では、崇明島と尾瀬国立公園がともにラムサール条約湿地に登録されているという共通点に基づき、環境保全への相互の取り組みについて情報交換が行われ、双方の理解が深まった。こうした一連のオンライン交流と訪問団の視察を経て、ついに念願の対面交流が実現する運びとなった。群馬テレビの報道動画によると、2022年度から始まったこの交流プログラムにとって、この「2025尾瀬Summer Camp」が初めての対面交流であったことが報じられており、生徒たちは自然散策や共同生活を通じて友情を深め、環境保全意識を高めた様子が伝えられた。本稿では、初の対面交流プログラムである「2025尾瀬Summer Camp」の活動内容を整理し、その教育的成果を多角的に分析・考察する。

2. プログラムの実施方法

「2025尾瀬Summer Camp」は、2025年7月30日から8月1日までの期間、群馬県立尾瀬高等学校および尾瀬国立公園をフィールドとして実施された。参加者は、上海市東灘高級中学の生徒10名と尾瀬高等学校の生徒10名、および両校の関係者である。

7月30日、ついに東灘高級中学の生徒たちが尾瀬高校に到着した。最初はお互いに緊張した様子が見られたが、すぐにバディを組んでコミュニケーションをとるうちに、打ち解けた雰囲気となった。その後、無事に鳩待峠に到着し、尾瀬散策が開始された。尾瀬高校の生徒がバディを組んだ東灘高校の生徒を、本日宿泊する尾瀬ロッジまで案内した。幸いにも天候に恵まれ、美しい景観を楽しみながら交流が深まった様子である。主な活動内容は以下の通りである。

  1. 歓迎式(7月30日): 尾瀬高等学校にて開催。対面での初顔合わせが行われ、交流プログラムが正式に開始された。

  2. 尾瀬での自然散策と環境学習(7月30日~31日):

    • 入山前に、尾瀬高校の生徒が環境保全への意識喚起を呼びかけることで、共同での保全活動の基盤が築かれた。

    • 両校の生徒はバディを組み、尾瀬国立公園内の鳩待峠から尾瀬ヶ原を散策した。

    • 宿泊を伴う共同生活の中で、夜間には野生動物の生態調査も行い、寝食を共にすることで、異文化理解と友情が促進された。

  3. 成果発表会(8月1日):

    • 道の駅「尾瀬かたしな」にて開催。

    • 参加生徒は班ごとに分かれ、3日間の体験を通して得た学びや感想を発表した。

3. 成果と考察

本プログラムは、参加生徒の間に「環境保全」という共通の目標を明確に提示することで、異文化間コミュニケーションの障壁を効果的に低減した。

  • 環境保全意識の共有: 入山前の呼びかけや共同での生態調査は、生徒たちが尾瀬の自然の貴重さを深く認識し、保全活動への主体的な参加意識を高めるきっかけとなった。これは、ラムサール条約が提唱する「ワイズユース(賢明な利用)」の理念を、単なる知識としてではなく、実践的な経験として体得したことを意味する。

  • 異文化間コミュニケーションの深化: 歓迎式では生徒たちの間に緊張が見られたが、バディ制度の導入と共同生活、そして尾瀬散策という活動を共にしたことで、言語の壁を乗り越えたコミュニケーションが実現した。これは、共通の目的を持った協働活動が、文化や言語の違いを乗り越える重要な要素であることを示唆している。ある生徒の「言葉の壁があっても互いに世界をより良くしたい気持ちがあれば、乗り越えられると学んだ」という感想は、この成果を端的に物語っている。

  • 人間関係の構築: 3日間の短い期間ながら、寝食を共にし、夜遅くまで語り合うといった密度の高い交流は、深い友情の形成に寄与した。発表会で多くの生徒が「友情の大切さ」を語ったことは、このプログラムが単なる学習機会にとどまらず、生涯にわたる人間関係を築く場としても機能したことを示している。

4. 結論

「2025尾瀬Summer Camp」は、ラムサール条約という国際的な枠組みを教育プログラムの核に据えることで、日中の高校生に国際的な環境保全意識と異文化理解を同時に育むことに成功した。このプログラムは、共通の目標に基づく協働学習が、言語や文化の壁を乗り越える上で極めて有効であることを実証した。

今後、このような交流プログラムが、国際的な環境問題の解決に貢献する次世代の育成に向けたモデルケースとして、広く応用されることが期待される。

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