論文:物語性と共有価値創造によるサステナビリティ経営

—スターバックスとみなかみ町の連携協定における戦略的意義の考察—

1. 緒言:協定締結の背景と本稿の目的

現代の企業経営において、サステナビリティは単なる社会的責任(CSR)の枠を超え、企業のブランド価値と競争力を高める中核的な戦略となっている。本稿は、スターバックス コーヒー ジャパン株式会社(以下、スターバックス)と群馬県みなかみ町が締結した「利根川源流から始める豊かな森林と人を育む連携協定」を事例に、この取り組みが持つ戦略的意義を、「物語性(ストーリーテリング)」「共有価値の創造(CSV)」という観点から分析する。

みなかみ町は、関東の重要な水源である利根川の源流を擁する一方、日本の多くの山村と同様に、林業の衰退と森林荒廃という課題を抱えている。これに対し、スターバックスは創業以来の「コミュニティ形成」という理念と、環境保全へのコミットメントを掲げ、この協定を通じて新たな事業モデルの構築を目指している。

本稿は、以下の3点を明らかにすることを目的とする。

  • 協定の背景にある「水」と「コミュニティ」という物語が、連携を象徴的に位置づけている様態。

  • この協定が、林業の活性化と顧客体験の向上を同時に実現するCSVモデルとして、具体的にどのように機能しているか。

  • 従業員の主体的な参加が、理念の実践と地域共創に果たす役割。

2. 「利根川の源流」がつむぐ物語性

本協定の独自性は、単なる論理的な協業関係を超え、強い物語性によって結びついている点にある。

2.1. 歴史的な縁の再解釈

スターバックスは、日本第一号店のコーヒーが「みなかみ町の水」から始まったという歴史的な事実を再解釈し、これを協定の原点として位置づけている。この「水の物語」は、創業のルーツと現在の環境保全活動を一本の線で結ぶ強力なブランドストーリーとなり、消費者の共感を深く引き出す効果を持つ。

2.2. コミュニティ形成の拡張

スターバックスのコアバリューである「サードプレイス(第三の空間)」は、店舗空間を通じてコミュニティを形成する理念であった。この協定では、みなかみ町の「自伐型林業グループ(Linkers)」が地域レベルで森林整備に取り組む姿勢に共鳴し、これを「コミュニティ」の理念と重ね合わせている。これにより、スターバックスのコミュニティは、都市の店舗からみなかみ町の森へと拡張され、より多層的な意味を持つに至った。

3. 共有価値創造(CSV)モデルとしての協定

この連携協定は、社会的課題の解決と経済的価値の創出を両立させるCSV(Creating Shared Value)の優れた実践例である。

3.1. 地域資源の循環と林業の経済的持続性

協定の中心は、みなかみ町の森林整備で発生する間伐材をスターバックスの店舗建材として活用することにある。これまで需要が低く、放置されがちであった間伐材に安定的な需要を創出することで、みなかみ町の林業(自伐型林業)に新たな収益源をもたらし、産業の経済的持続性を高める。これは、単なる寄付や支援ではなく、企業のサプライチェーンに地域資源を組み込むことで、双方に利益を生み出すモデルである。さらに、林業の専門家である野村氏の言葉「山の所有者、山に入る人、伐採する人…それぞれの責任もまた循環型です」が示すように、この取り組みは、単なる資源の有効活用に留まらず、関わる人々の責任が循環する持続可能なシステムの構築を目指している。

3.2. 顧客体験の革新とブランド価値の向上

スターバックスは、間伐材を活用した店舗で「顔の見える木材」を掲げ、その木材の産地や伐採に携わった人々の情報を顧客に提供する。この取り組みは、顧客がコーヒーを楽しみながら森林保全活動に参加しているという感覚的な価値(体験価値)を提供する。この体験は、ブランドへの愛着(ロイヤリティ)を深め、環境意識の高い顧客層からの支持を確固たるものにする。

3.3. 従業員エンゲージメントの強化

従業員が実際にみなかみ町の森に入り、地域住民と共に森林整備を体験する活動は、理念を実践する重要な機会である。特に、自主的にチェーンソー講習を受けるなど、高い主体性(オーナーシップ)を持つ従業員の存在は、このプロジェクトが上層部の方針だけでなく、組織全体に深く浸透していることを示す。従業員が実際に体を動かし、林業の専門家から森の現状や整備の重要性を学ぶことは、企業が掲げるサステナビリティ理念を、個人の価値観として深く根付かせる効果を持つ。これにより、従業員のエンゲージメントが高まり、企業文化の強化につながる。

4. 結論:サステナビリティ経営の新たな方向性

スターバックスとみなかみ町の連携協定は、サステナビリティを単なる事業の制約ではなく、企業の成長を加速させる戦略的な資産として捉える新しいアプローチを示している。

このモデルの意義は、以下の3点に集約される。

  • 物語による共感の創出:歴史的な縁と共通の理念を物語として語ることで、消費者、従業員、地域社会との感情的なつながりを構築する。

  • 事業を通じた社会課題の解決:林業という地域の課題を、企業の事業活動(店舗づくり)と統合することで、経済的価値と社会的価値を同時に創造する。

  • 実践を通じた理念の浸透:従業員が自ら地域に入り、汗を流すことで、企業のサステナビリティ理念を組織全体に深く浸透させる。

本事例は、他の企業や地方自治体にとって、社会課題を起点とした共創モデルを構築するための貴重な知見を提供するものであり、サステナビリティ経営の新たな方向性を示すものとして、今後の進展が注目される。

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